人の脳の左右差は何を意味するのか〔前編〕

――言語の発見から分離脳研究まで

人間の大脳は、右半球と左半球に分かれている。外見はよく似ているが、その働きはまったく同じではない。一般に、言語には左半球、空間の認知には右半球が大きな役割を担っている。

では、脳はなぜ左右で異なる働きをもつようになったのだろうか。

その理由は、まだ完全には明らかになっていない。しかし、左右で仕事を分担することによって、異なる種類の情報を同時に処理しやすくなったという考え方がある。たとえば動物は、餌を探しながら、周囲に敵がいないかを見張らなければならない。左右の脳が異なる処理を受け持てば、同じ仕事を両側で繰り返すよりも、限られた脳を効率よく使うことができる。

脳の左右差は、人間だけの特徴ではない。鳥や魚など、さまざまな動物にも、左右で異なる情報処理を行う傾向が認められている。人間の脳の左右差も、環境に効率よく適応するために、長い進化の過程で形づくられてきたと考えられる。

脳の場所によって働きが異なる

脳の部位と人間の行動との関係を考えるうえで、フィニアス・ゲージの事例はよく知られている。

1848年、鉄道工事の現場監督だったゲージは、爆発事故によって鉄棒が頭部を貫き、左前頭葉の一部に大きな損傷を受けた。彼は事故を生き延び、言葉を話し、身体を動かすこともできたが、事故後には計画性や感情の抑制、対人行動に変化が生じたと報告された。

この事例は、脳の左右差を直接示したものではない。しかし、人間の判断や感情の調整が、脳の特定の領域と関係していることを考える契機となった。心の働きは、脳全体に一様に広がっているのではなく、場所によって異なる役割がある。この考え方は、その後の言語機能の研究によって、さらに明確になっていった。

言葉を担う左半球の発見

19世紀になると、脳損傷患者の観察から、言語機能が主として左半球に偏っていることが分かってきた。

1861年、フランスの医師ポール・ブローカは、相手の話はある程度理解できるものの、ほとんど言葉を発することのできない患者を調べ、左前頭葉下部に損傷があることを見いだした。

その後、ドイツの医師カール・ウェルニッケは、流暢に話していても内容がまとまらず、他者の言葉も理解しにくい患者では、左側頭葉後部付近が損傷していることを報告した。

これらの発見から、一般的な右利きの人では、言葉を話し、理解する働きが、主として左半球に置かれていることが明らかになった。

ただし、言語が一つの小さな場所だけで処理されているわけではない。現在では、言葉を話し、聞き、読み、意味を理解するためには、脳内の広い神経ネットワークが協力していると考えられている。

一方、当時は右半球が何をしているのか、よく分かっていなかった。右半球が損傷しても、左半球の損傷でみられるような顕著な失語症が現れにくかったからである。そのため右半球は、「沈黙する半球」とみなされることさえあった。

しかし、右半球が働いていなかったわけではない。当時の検査が、患者に質問し、言葉で答えてもらう方法を中心としていたため、言葉以外の方法で世界を理解する右半球の能力を、うまく捉えられなかったのである。

分離脳研究が明らかにした右半球

右半球の働きを明らかにする大きな契機となったのが、ロジャー・スペリーと、その共同研究者であるマイケル・ガザニガらによる分離脳研究であった。

左右の大脳半球は、脳梁と呼ばれる太い神経線維の束によって結ばれている。脳梁を通して、左半球と右半球は絶えず情報を交換している。

ところが、重いてんかん発作が左右の半球へ広がるのを防ぐために、この脳梁を切断する手術を受けた患者がいた。手術後の患者は、普通に会話し、歩き、日常生活を送ることができた。一見すると、左右の脳を結ぶ連絡路が断たれているとは思えなかった。

そこで研究者たちは、左右どちらか一方の半球だけに情報を送り込む実験を考えた。

患者はスクリーンの前に座り、中央に示された小さな点を見つめる。研究者は、患者が目を動かす暇を与えないほど短い時間だけ、その点の左側に「鍵」の絵を映し出す。

私たちの視覚には、左視野に入った情報が主として右半球へ送られ、右視野に入った情報が主として左半球へ送られるという仕組みがある。そのため、左側に映された鍵の情報は右半球に届く。

研究者が「何が見えましたか」と尋ねると、患者は「何も見えませんでした」と答える。

本当に、鍵は見えていなかったのだろうか。

次に研究者は、患者から見えない箱の中に、鍵、鉛筆、硬貨、スプーンなどを入れ、左手で先ほど見た物を選ぶように求める。すると患者の左手は、品物を探ったあと、正しく鍵を取り出した。

患者は言葉では「見ていない」と答えた。それにもかかわらず、左手は正しい物を選ぶことができた。

左視野で見た鍵の情報は右半球に入っていた。右半球は鍵を認識し、右半球に主として支配される左手を使って、それを選ぶことができたのである。しかし、脳梁が切断されているため、その情報を、言葉を話す左半球へ伝えることができなかった。

反対に、鍵の絵を右視野に提示すると、情報は左半球に届く。今度は患者も、「鍵です」と言葉で答えることができた。

別の実験では、患者の左手に、見えないようにしてスプーンを握らせた。患者は左手でその使い方を示すことができたが、「何を持っていますか」と尋ねられても、その名前を答えることができなかった。右半球は物の形や使い方を理解していても、その情報が左半球へ届かなければ、言葉に置き換えられなかったのである。

こうした実験から、右半球には、図形や顔を識別する、物の位置関係を捉える、空間全体を把握する、声の抑揚を読み取るなど、左半球とは異なる能力があることが明らかになった。

スペリーは、大脳半球の機能分化に関する一連の研究によって、1981年にノーベル生理学・医学賞を受賞した。右半球は、何もしていない「沈黙する半球」ではなかった。言葉以外の方法によって世界を理解し、それを行動に表す能力をもっていたのである。

もっとも、分離脳患者の中に、完全に独立した二人の人間が存在するわけではない。実験条件のもとでは左右の違いが明瞭に現れるが、日常生活では、視線、姿勢、周囲の状況など、さまざまな手がかりを利用できる。脳梁が切断されていても、人間としての行動には相当なまとまりが保たれていた。

分離脳研究は、左右の脳が異なる働きをもつことを示した。では、私たちの日常生活では、左半球と右半球はどのように役割を分担し、協力しているのだろうか。また、その左右差は、性別や年齢によって変わるのだろうか。後編では、この問題について考えてみたい。

この続きは、後編で紹介します。
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