――二つの脳がつくる一つの心
前編では、ブローカやウェルニッケによる言語機能の発見と、スペリーらの分離脳研究について紹介した。
一般的な右利きの人では、言葉を話し、理解する働きは、主として左半球に置かれている。一方、右半球は、図形や顔の認知、空間の把握、声の抑揚などに大きな役割を担っている。
しかし、実際の生活で、左右の脳が別々に働いているわけではない。私たちが物を見たり、人の話を聞いたりするときには、左右の半球が脳梁を通して情報を交換し、一つのまとまった経験をつくり出している。
脳の左右差とは、左右の脳が対立していることではない。異なる処理を分担しながら、一つの目的に向かって協力する仕組みなのである。
左右の脳は情報をどう分担しているのか
左半球は、言葉や記号を扱い、物事を順序に沿って分析する処理に比較的大きく関わっている。これに対して右半球は、空間的な関係や全体像を捉え、表情、声の調子、場面の文脈などを理解する処理に重要な役割を果たしている。
たとえば、誰かが「大丈夫です」と言ったとしよう。
「大丈夫」という言葉の意味を理解するには、左半球を中心とした言語機能が重要である。しかし、その人がうつむき、弱々しい声で話しているなら、私たちは「本当は大丈夫ではないのかもしれない」と感じる。
そこでは、言葉の意味だけでなく、声の抑揚、表情、視線、身ぶり、その場の状況、それまでの関係などが統合されている。言葉として表された内容と、言葉になっていない情報の両方を受け取ることで、私たちは相手の真意を理解しようとしている。
文章を読む場合にも同じことがいえる。書かれている単語や文法を理解するだけでなく、皮肉や冗談、話し手の意図、文章全体の流れを読み取らなければならない。
「立派な成績ですね」という言葉も、真剣な表情で言われるのか、苦笑しながら言われるのかによって、意味が変わる。言葉の表面的な意味を処理するだけでは、話し手が何を伝えようとしているのかを十分に理解できないのである。
その意味で、左半球は細部や順序を追う処理に、右半球は全体像や文脈を捉える処理に、比較的大きく関わっているといえる。
ただし、「左脳は言語、右脳は感情」と単純に二分するのは正確ではない。言語にも右半球が関わり、感情にも左右両方の領域が関わっている。
左右差とは、一方だけがある機能を独占しているという意味ではない。ある働きに対して、一方の半球が相対的に大きな役割を担っているということである。
「左脳型」「右脳型」という人はいるのか
一般には、「論理的な人は左脳型」「芸術的な人は右脳型」と説明されることがある。しかし、人間を左脳型と右脳型の二つに分ける考え方には、十分な科学的根拠がない。
確かに、言語処理は左半球、空間認知は右半球に偏るなど、左右差を示す機能は存在する。しかし、ある人が日常生活のすべてにおいて左半球ばかりを使い、別の人が右半球ばかりを使っているわけではない。
たとえば絵を描くときには、形や空間を捉える力だけでなく、何を描くかを計画し、過去の経験を思い出し、手を動かし、描いたものを評価する働きが必要になる。音楽を演奏するときにも、音の高さやリズムを捉えるだけでなく、楽譜を読み、動きを調整し、感情を表現しなければならない。
創造的な活動にも、論理的な活動にも、左右の広い脳領域が関わっている。
したがって、重要なのは、その人が「左脳型か右脳型か」ではない。左右の脳が、それぞれの得意な働きをどのように持ち寄り、協力しているかである。
脳の左右差に男女の違いはあるのか
脳の左右差には性差があるともいわれてきた。
たとえば、男性は言語機能の左半球への偏りが強く、女性は左右両方を使う傾向があるという説明である。また、男性は空間認知に優れ、女性は言語能力に優れているという見方も広く語られてきた。
確かに、特定の課題において、男女の脳活動に平均的な違いが報告されることはある。しかし、多数の研究をまとめて検討すると、女性の言語機能が男性より明確に両側性であるとは、必ずしも結論づけられない。
また、脳の構造や機能に男女間の平均的な違いが認められる場合でも、その差は一般に小さく、男女の分布は大きく重なっている。
男性の中にも言語機能を両側性に使う人がおり、女性の中にも左半球への偏りが強い人がいる。空間認知や言語能力についても、同じ性別の人同士の違いが大きい。
脳は、遺伝的な影響だけでなく、教育、経験、職業、生活環境、文化などの影響を受けながら変化する。たとえば、長年にわたって空間を扱う仕事や訓練を続ければ、関連する能力や脳の働きも変わる可能性がある。
したがって、脳の性差を理由に、「男性は論理的で、女性は感情的である」などと、一人ひとりの能力や性格を決めることはできない。性別による平均的な傾向から、目の前の個人を説明することには慎重でなければならない。
高齢になると左右差は小さくなるのか
脳の左右差は、生涯を通して一定でもない。
高齢者が記憶や注意の課題を行うと、若い人では片側を中心に活動する課題であっても、左右両方の前頭前野が活動することがある。この現象は、HAROLDモデル、すなわち「高齢者における半球非対称性の減少」と呼ばれている。
たとえば、若い人が記憶した言葉を思い出すときには、主として片側の前頭前野が働くことがある。ところが高齢者では、同じ課題に対して、反対側の前頭前野も活動する場合がある。
なぜ高齢になると、左右の活動差が小さくなるのだろうか。
一つは、加齢によって片側の神経活動だけでは課題を十分に処理できなくなり、反対側の半球も動員して補っているという考え方である。
実際、課題の成績がよい高齢者ほど、左右両側の前頭前野を活動させる場合がある。このような活動は、脳が残された力を柔軟に組み合わせ、機能を維持しようとする補償的な働きと考えられる。
若い脳では、ある仕事を少人数の専門家で処理できたのに対し、高齢になった脳では、別の部署からも応援を集めて仕事を進めているようなものかもしれない。
しかし、左右両側が活動していれば、必ず有効に補償できているとは限らない。
加齢によって、脳が必要な領域だけを選択的に活動させる力が弱まり、本来は活動する必要のない領域まで広く動員されている可能性もある。左右差が小さくなる背景には、機能を補う側面と、脳の専門性や効率が低下する側面の両方が考えられるのである。
それでも、高齢者の脳を、単に機能が失われていく脳と捉えるだけでは不十分である。加齢した脳は、左右の脳の使い方を変え、利用できる領域を広げながら、課題に適応しようとしている。
脳の加齢には、低下だけでなく、再編成と適応という側面もあるのである。
二つに分かれた脳が一つの心をつくる
人間の脳に左右差があるのは、人を「左脳型」と「右脳型」に分けるためではない。異なる種類の情報を左右で分担し、複雑な環境に効率よく対応するためだと考えられる。
私たちが誰かの話を理解するとき、言葉の意味だけを受け取っているのではない。声の調子、表情、視線、身ぶり、場の雰囲気、それまでの関係などを同時に読み取り、一つの意味としてまとめている。
左半球は言葉や細部を分析し、右半球は表情や抑揚、空間や文脈を捉える。しかし、どちらか一方だけでは、相手が本当に伝えようとしていることを十分には理解できない。
左右の半球は、互いに対立する二つの脳ではなく、異なる情報を持ち寄る協力者なのである。
脳の左右差が教えてくれるのは、人間の心が、一つの機能や一つの場所だけから生まれるのではないということである。
二つに分かれた脳が役割を分担し、脳梁を通して絶えず情報を交換する。その協働によって、私たちは言葉を理解し、人の感情を読み取り、複雑な世界を一つのまとまりとして経験している。
脳は左右に分かれている。しかし、その二つの脳が協力することによって、私たちの一つの心がつくられているのである。