本章では、乳児期における「こころ」と「脳」の発達について、愛着形成、脳機能の成熟、そして両者の相互関係という観点から概説している。乳児期は、人との関係性の基盤が形成される重要な時期であり、とくに養育者とのあいだに築かれる「愛着」は、その後の社会性や感情調整能力、対人関係のあり方に大きな影響を与える。愛着とは、乳児と養育者との情緒的な結びつきであり、乳児に安心感を与え、外界を探索するための「安全基地」として機能するものである。乳児は共同注視や社会的微笑などを通して他者との関係を学び、養育者との相互作用の中で他者理解やコミュニケーション能力を育んでいく。
ボウルビィは、愛着を生物学的に備わった行動システムとして捉え、不安や恐怖を感じた乳児が養育者に接近することで安心感を得ると考えた。また、乳児期の愛着体験は「内的作業モデル」を形成し、自己や他者への基本的な信頼感に影響するとされる。さらに、エインズワースはストレンジ・シチュエーション法を用いて愛着スタイルを分類し、安定型、不安‐回避型、不安‐アンビバレント型、無秩序型といった特徴を示した。愛着形成には、養育者が乳児のサインに適切に応答する「感受性」が重要であり、乳児は理解され受け入れられる経験を通して情緒的安定を獲得していく。
一方、乳児期は脳の発達が急速に進行する時期でもある。出生時には未熟であった脳は、シナプス形成や髄鞘化、感覚統合などを通して著しく発達する。視覚、聴覚、触覚、前庭感覚などの感覚機能は、環境からの刺激や養育者との関わりによって発達が促進される。とくに母子の豊かな相互作用は神経回路の形成を促進し、前頭前野などの脳領域の活性化に寄与する。一方で、感覚刺激の不足やネグレクトは脳発達に悪影響を及ぼし、感情や認知機能の発達の遅れにつながる可能性がある。乳児の脳発達には個人差も大きく、海馬や視床下部などの発達は、睡眠、授乳、皮膚接触といった日常経験とも深く関連している。
さらに本章では、愛着と脳発達の密接な関係について神経心理学的視点から説明している。安定した愛着関係は、ストレス応答系であるHPA軸の働きを安定させ、コルチゾールの過剰分泌を抑える役割を果たす。一方、不安定な愛着環境では慢性的ストレスが生じ、扁桃体の過敏化や前頭前野の発達遅延などが起こる可能性が指摘されている。また、授乳やスキンシップによって分泌されるオキシトシンは、安心感や信頼感を高め、社会的認知機能の発達にも関与する。
看護の現場では、カンガルーケアや母子同室、訪問看護などを通して親子関係を支援し、乳児の情緒的安定と脳発達を促進することが重要である。乳児期における養育者との関係は、単なる情緒的支えにとどまらず、脳の発達そのものを支える基盤であり、その後の人生全体に長期的影響を及ぼす重要な要素である。