子どもが進学や就職、結婚などを機に親元を離れることは、家族にとって一つの大きな節目である。それは子どもが新しい生活へ踏み出す出来事であると同時に、親にとっても、それまでの親子関係を見直す機会となる。発達心理学では、人間の発達を子ども時代だけのものとは考えない。誕生から高齢期まで、人はさまざまな経験を通して変化し続けるという生涯発達の視点に立てば、子どもの旅立ちは、子どもだけでなく親にとっても発達の節目なのである。
青年期になると、子どもは親の考え方をそのまま受け入れるのではなく、自分なりの価値観や生き方をつくろうとする。親から心理的な距離を取り、自分で考え、自分で選択する機会も増えていく。この過程は心理的自立と呼ばれる。しかし、自立とは、親との関係を断つことではない。親とのつながりを保ちながら、自分の人生について自分で決め、その結果を引き受けていくことが、自立の中心にある。
一方、子どもが自立していくと、親の側にも変化が求められる。幼い頃には、親は子どもを守り、教え、生活を支える役割を担ってきた。しかし、成長した子どもにいつまでも同じように関わり続ければ、子どもが自分で判断する機会を狭めることにもなりかねない。「してあげる」ことから、「任せる」「必要なときに支える」ことへ。親子の距離を調整し直すことは、家族が年月とともに変化していく過程を示す家族ライフサイクルの一つの転換点と考えることができる。
中年期の親について考えるとき、エリクソンのいう世代継承性(generativity)という考え方も参考になる。これは、次の世代を育て、自分の経験や知識を伝え、未来につながるものを残そうとする心の働きを指す。子育てはその代表的な営みであるが、子どもが独立したからといって、この役割まで終わるわけではない。仕事で後輩を育てたり、地域で若い世代に関わったり、自分の経験を誰かに伝えたりすることも、世代継承性の一つの形である。子どもの自立は、親としての役割が消えるというより、その役割が別の形へ広がっていく時期とも考えられる。
子どもが家庭を離れた後の親の生活は、しばしば空の巣(empty nest)という言葉で表現される。そこに寂しさや喪失感を感じる人もいる。しかし、すべての親が同じように受け止めるわけではない。夫婦二人の生活を見直したり、自分の時間を持つようになったり、新しい活動を始めたりする人もいる。子どもの旅立ちは、「親である自分」だけではなく、一人の人間としてこれからどのように生きるかを考える機会にもなり得るのである。
親子関係は、子どもが成人した後も続いていく。ただし、その関係のあり方は変わる。親が教え、子どもが教えられるという関係から、次第に一人の成人同士として、互いの生活や考え方を尊重する関係へと移っていく。さらに親が高齢になると、成人した子どもが親を支える場面も増える。しかし、それを単純に「親子の立場が逆転する」と考えるよりも、親の自立を尊重しながら、必要なところを子どもが支える関係と考えた方が、実際の親子関係に近いだろう。
子どもの旅立ちは、親子関係の終わりではない。幼い頃の「守る―守られる」関係から、青年期の「離れながらつながる」関係へ、さらに成人期以降の「互いを一人の人間として認め合う」関係へと、その形を変えていく。親子の自立とは、互いに離れてしまうことではなく、人生の段階に応じて、つながり方を組み替えていく過程なのである。
このテーマを、親の側から一つの人生の場面として描いたエッセイ「十五の旅立ち、見送る親――家族の幸せとは何か」も掲載しています。理論とあわせてお読みいただくと、子どもの自立と、それを見送る親の心の動きを、より身近な問題として考えていただけると思います。ここをクリック