長嶋茂雄が遺した「勇気」

―アドラー心理学から読み解く、その生き方-

現役引退に際して長嶋茂雄が残したこの言葉は、今も多くの人の記憶に刻まれている。長嶋が亡くなってから、早くも一年が過ぎた。

「巨人・大鵬・卵焼き」といわれた時代に育った昭和生まれの私たちにとって、長嶋茂雄は、単なるプロ野球選手ではなかった。テレビの中で躍動する彼は、今でいうアイドルそのものであり、高度経済成長期を駆け上がる日本の明るさや勢いを体現する存在でもあった。

バッターボックスに立つ姿、帽子が飛ぶほど豪快な空振り、三塁の守備位置から打球に飛びつき、独特のフォームで一塁へ送球する姿。私たちは、一挙手一投足に目を奪われた。野球の勝敗を超えて、長嶋が何かをしてくれることを期待したのである。

長嶋から、どれだけ多くの人が元気や勇気をもらったことだろう。それは現役時代だけではない。脳梗塞で倒れた後、懸命にリハビリに取り組む姿からも、私たちは再び勇気を受け取った。

最近、書店のベストセラー欄で『嫌われる勇気』を目にした。2013年に刊行されたこの本が、十年以上を経た今も読み継がれ、海外でも広く受け入れられているという。アドラー心理学に対する一般の人々の関心は、根強く続いているようである。

私は以前、長嶋茂雄のリハビリを、アドラー心理学の立場から考察するエッセイを書いたことがある。改めて読み返しながら、長嶋はアドラー心理学を学び、その理論に沿って生きたわけではないが、長嶋の人生をアドラーの言葉で読み解くと、その生き方の一貫性がよく見えてくるのではないかと思うようになった。

長嶋の生き方の中には、アドラーが考えた「人間の勇気」が表れているのではないだろうか。

栄光の人を襲った脳梗塞

長嶋は、選手としても監督としても、日本のプロ野球を代表する存在であり続けた。ところが2004年、脳梗塞で倒れた。

脳梗塞によって、それまで自在に動いていた身体が思うように動かなくなり、言葉にも不自由が生じた。グラウンドを駆け、全身を使って観客を魅了してきた人にとって、その変化がどれほど大きなものであったかは、外部の者には容易に想像できない。

NHKの番組で放送された長嶋のリハビリ場面を、私は講義の中で何度か学生たちに見てもらったことがある。そこには、歩行訓練に取り組みながら、インタビューに答える長嶋の姿があった。

「負けない。自分に負けない」

思うように言葉を発することが難しい中で、長嶋は自分に言い聞かせるように、この言葉を口にしていた。

私はこの場面を見るたびに、胸を動かされた。仕事に疲れ、何事にも意欲が湧かないときにこの映像を見ると、もう少しやってみようという気持ちが生まれた。今でもそうである。かつてグラウンドで人々を沸かせた長嶋は、病に倒れた後もなお、見る人を勇気づけているのだ。

劣等感は、成長の出発点になる

アドラー心理学では、「劣等感」という言葉が重要な意味をもつ。

一般に劣等感というと、自分は他人より能力がない、価値がないと感じる否定的な感情だと思われがちである。しかし、アドラーのいう劣等感は、それだけを意味するものではない。

劣等感とは、現在の自分と、自分がこうありたいと願う姿との間に隔たりを感じることである。

もっと速く走りたい。もっと上手に話したい。人の役に立てるようになりたい。そのような願いがあるからこそ、人は今の自分に不足を感じる。劣等感は誰もがもつものであり、それ自体が病的なのではない。むしろ、よりよくなろうとする努力の出発点になり得る。

脳梗塞後の長嶋にとって、以前のように身体を動かせず、思うように言葉を発することができない現実は、これまでの自分と現在の自分との間に、大きな隔たりを突きつけるものだったはずである。

ただし、病気や障害を負うこと自体が「劣った状態」を意味するのではない。大切なのは、自分が望む姿と現在の状態との隔たりを、本人がどのように受け止め、その後の人生にどのような意味を与えるかである。

人は、失ったものの大きさに圧倒され、前へ進めなくなることもある。反対に、失った現実を抱えながら、今できることへ向かうこともできる。長嶋のリハビリは、後者の姿を私たちに示していた。

「自分に負けない」という優越性の追求

劣等感と対になるアドラーの概念が、「優越性の追求」である。

この言葉は、他人より偉くなろうとする欲望のように聞こえるかもしれない。しかし、アドラーが考えた優越性の追求とは、他者を打ち負かし、その上に立とうとすることだけを意味しない。

現在の状態から、少しでもよりよい状態へ向かおうとする人間の根源的な働きである。できなかったことを、少しできるようにする。昨日よりも今日、今日よりも明日へと進もうとする。アドラーは、人間が「マイナスからプラスへ」と向かう存在であると考えた。

長嶋の「自分に負けない」という言葉も、他人との勝負を語ったものではないだろう。かつての自分と同じ状態に戻らなければならないという意味でもないと思う。

今日できなかった動作を、明日は少しでもできるようにする。今の自分に残された力を使って、一歩ずつ前へ進む。そのような、自分自身の人生に向き合う言葉として、私は受け取っている。

もちろん、リハビリによる回復は、本人の努力だけで決まるものではない。脳の損傷部位や程度、年齢、体力、合併症、医療環境など、さまざまな条件が関係する。強い意志をもって努力しても、望んだような回復が得られないこともある。

したがって、長嶋の努力を称賛することと、回復が十分でない人を努力不足とみなすことは、厳密に分けなければならない。

それでもなお、長嶋が自分に可能なことへ向かい続けた事実は、私たちの心を打つ。結果だけではなく、病後の自分を引き受け、人生を投げ出さなかった姿勢に、アドラーのいう優越性の追求を見ることができる。

変わらなかった長嶋のライフスタイル

アドラー心理学では、その人に固有のものの見方や生き方を「ライフスタイル」と呼ぶ。

日常語としてのライフスタイルは、生活習慣や服装、趣味などを意味することが多い。しかし、アドラーがいうライフスタイルは、もっと根本的な概念である。

自分とはどのような人間なのか。世界とはどのような場所なのか。その世界の中で、自分はどのように振る舞えばよいのか。そのような、自分と世界に対する意味づけの総体がライフスタイルである。

長嶋は、現役時代から観客を強く意識した選手だった。

三塁の守備では、遊撃手が処理できそうな打球にも走り込んで捕球し、独特のフォームで一塁へ投げた。打席では、空振りであっても帽子が飛ぶほど豪快にバットを振った。長嶋自身が後年語ったところでは、そうした動きには、観客を喜ばせようとする意識があったという。

長嶋のプレーは、時に派手だと評された。しかし、そこには単なる自己顕示とは異なるものがあった。

長嶋にとって、野球は自分が成績を残すだけの競技ではなかった。観客と喜びを分かち合い、人々を楽しませる舞台だったのである。

一方で、華やかなプレーの背後にあった練習や努力を、彼はあまり人前に見せなかった。努力は自分の内側に置き、結果としてのプレーを観客に届けようとした。

ところが、脳梗塞後には、それまで人に見せなかった「努力する姿」そのものが、公に示されることになった。

歩く。身体を動かす。言葉を発する。かつてなら当たり前にできていた一つ一つの動作に取り組む姿が、テレビを通して人々に届けられた。

現役時代には、華やかなプレーによって観客を元気づけた。病後には、不自由を抱えながらリハビリに取り組む姿によって、人々を勇気づけた。

状況は大きく変わっても、自分の姿によって人々を喜ばせ、元気にしたいという長嶋のライフスタイルは、変わらなかったのではないだろうか。

私には、そこに長嶋の人生の一貫性が感じられる。

課題の分離は、人を突き放すことではない

アドラー心理学を紹介した『嫌われる勇気』によって、広く知られるようになった言葉に「課題の分離」がある。

課題の分離とは、ある選択や行為の結果を最終的に引き受けるのは誰かを考え、自分の課題と他者の課題とを区別することである。

リハビリの専門職は、訓練の方法を提案し、身体の状態を評価し、より安全で効果的な回復を支えることができる。家族や友人、ファンも、励まし、見守ることができる。

しかし、長嶋に代わって身体を動かし、長嶋に代わって人生を生きることはできない。リハビリにどう向き合うかを最終的に選ぶのは、長嶋自身である。

この意味で、病後の人生をどのように生きるかは、長嶋の課題であった。

ただし、課題を分離することは、病気になった人を一人にして放置することではない。「あなたの課題なのだから、自分で何とかしなさい」と突き放すことでもない。

本人の意思を尊重しながら、必要な支援をともに考える。支援する側は、相手の人生を自分の思いどおりに動かそうとしない。当事者もまた、必要な援助を受け取りながら、自分の選択を手放さない。

課題の分離とは、人と人との関係を断ち切る考え方ではなく、相手の主体性を尊重するための考え方なのである。

長嶋のリハビリも、本人の意志だけで成り立っていたわけではない。医療者やトレーナー、家族、関係者など、多くの人々の支えがあったはずである。

本人の課題を尊重しながら、周囲が必要な支援を行う。そこには、孤独な闘いではなく、他者とともに回復を目指す姿があった。

人々とつながる共同体感覚

アドラー心理学の最も重要な概念の一つが、「共同体感覚」である。

共同体感覚とは、自分が他者とつながり、この社会の一員であり、自分にも誰かの役に立てることがあると感じることである。

周囲と同じ行動を取ることや、集団に従うことではない。他者を自分の敵や競争相手としてではなく、ともに生きる仲間として捉える感覚である。

長嶋は、現役時代から観客とのつながりを大切にしていた。自分一人が野球を楽しむのではなく、観客を喜ばせることをプロとしての使命と考えていた。

その姿勢は、リハビリの場面にも表れていたように思う。

リハビリは、第一には本人の生活を取り戻すためのものである。しかし、長嶋が努力する姿は、本人の回復だけにとどまらず、多くの人に影響を与えた。

病気と向き合っている人には、「自分もやってみよう」という気持ちを与えたかもしれない。年齢を重ね、身体の衰えを感じている人には、「今できることを続けよう」と思わせたかもしれない。仕事や家庭の問題に疲れている人にも、「もう一歩だけ前へ進もう」という力を与えたのではないだろうか。

私には、リハビリに励む長嶋の姿が、同じように病と向き合う人々へ、「私もやっている。一緒に歩いていこう」と呼びかけているように見えた。

自分のために始めた努力が、知らず知らずのうちに他者を勇気づけ、社会への貢献へとつながっていく。そこには、アドラーのいう共同体感覚が表れている。

不完全な自分のまま、人生に戻る

アドラー心理学では、「勇気づけ」が重視される。

ここでいう勇気とは、恐怖や不安がなくなることではない。自信が十分につき、成功が保証されてから行動することでもない。

不完全な自分のまま、失敗する可能性を引き受け、それでも人生の課題に向かう力である。

脳梗塞後の長嶋は、かつての身体を完全に取り戻してから、人々の前に姿を現したわけではない。麻痺や言葉の不自由さを抱えたまま、社会の中へ戻ってきた。

華麗なプレーで人々を魅了した「ミスタープロ野球」が、不自由な身体で歩こうとする姿を見せる。それは、本人にとって大きな決断だったのではないだろうか。

人は、できなくなったことを他人に見られるのを恐れる。かつて優れていた人ほど、以前の自分と現在の自分との違いを見せることに、ためらいを感じることもあるだろう。

それでも長嶋は、現在の自分を隠さなかった。

かつてのように速く動けなくても、言葉が滑らかに出なくても、その時の自分にできることを続けた。そして、その姿を人々の前に示した。

長嶋が私たちに伝えたのは、「努力すれば、必ず元どおりになれる」という単純な教訓ではない。

人生には、努力だけでは取り戻せないものもある。病気によって失われた機能が、完全には回復しないこともある。しかし、人は、失ったものを抱えたままでも、再び人生に参加することができる。

完全になるのを待つ必要はない。不完全な自分のままでも、人とつながり、誰かを励まし、社会の中に自分の居場所をつくることができる。

私は、長嶋のリハビリする姿から、そのような勇気を受け取った。

長嶋が遺したもの

長嶋茂雄は、アドラー心理学を学び、その理論を実践しようとしたわけではない。

しかし、長嶋の人生をアドラーの言葉で振り返ると、そこには一つの流れが見えてくる。

自分の現実と望む姿との隔たりを引き受ける劣等感。そこから少しでも前へ進もうとする優越性の追求。自分の人生を他人任せにせず、必要な支援を受けながら主体的に向き合う課題の分離。人々を喜ばせ、勇気づけようとする一貫したライフスタイル。そして、自分の努力を他者の希望へとつなげる共同体感覚。

これらを結ぶものが、アドラーの考えた「勇気」であった。

長嶋は現役を退くとき、「我が巨人軍は永久に不滅です」と語った。しかし、今振り返ると、永久に不滅なのは巨人軍だけではなかったのかもしれない。

人々を楽しませたい。元気づけたい。自分にできることを最後まで続けたい。

長嶋がその人生を通して示したこの姿勢は、彼が亡くなった後も、多くの人の中に生き続けている。

長嶋茂雄という一人の人間から受け取った勇気もまた、私たちの記憶の中で、永久に不滅なのである。