IQ・EQ・SQから考える「生きる力」
私たちは、学校の成績がよい人や、記憶力、計算力、判断力に優れた人を「知能が高い」と評価することが多い。しかし、知識が豊富で論理的に考える力があっても、人間関係でつまずいたり、自分の感情をうまく扱えなかったりすることがある。反対に、学業成績では目立たなくても、周囲から信頼され、困難を乗り越えながら、自分らしく生きている人もいる。
では、人間が生きていくために必要な能力は、一般に「知能」と呼ばれてきた力だけなのだろうか。この問いを考える手がかりとなるのが、IQ、EQ、SQという三つの概念である。それぞれ、「考える」「感じる」「つながる」という、人間の心と脳の働きを表している。
IQ――考え、理解し、問題を解く力
IQは、Intelligence Quotientの略で、日本語では知能指数と呼ばれる。その始まりは、20世紀初頭、フランスの心理学者アルフレッド・ビネーが、学校教育の中で支援を必要とする子どもを見つけるために、知能検査を開発したことにある。その後、知能検査は成人にも用いられるようになり、言葉を理解する力、記憶する力、推理する力、情報を処理する力などを測る方法として発展した。IQは、人がどのように学び、考え、問題を解決するかを理解するうえで、現在も重要な指標である。
こうした認知能力は、子どもの成長と教育によって発達し、成人期には仕事や日常生活のさまざまな判断に用いられる。ただし、高齢期に一部の能力が変化しても、それまでに蓄積した知識や経験が、判断を支えることも多い。しかし、IQが示すのは、人間の能力の一部分にすぎない。試験問題を正確に解けても、自分の怒りを抑えられないことや、相手の気持ちを読み取れないことはある。人とどう関わるか、失敗からどう立ち直るか、意見の異なる人とどう折り合うかといった人生の問題は、IQだけでは解決できない。
EQ――自分と他者の感情を理解する力
そこで注目されたのが、EQ、すなわち情動知能である。EQとは、自分や他者の感情に気づき、その感情を理解し、状況に応じて調整する力を指す。たとえば、腹が立ったとき、感情のまま相手を責めるのではなく、「自分はいま、なぜ怒っているのか」と考え、言葉を選んで伝える。また、不安そうな人の表情や声の調子から、その人の気持ちを想像し、接し方を考えることもEQの働きである。
脳の働きからみると、感情には扁桃体をはじめとする脳領域が関わり、前頭前野などがその反応を状況に応じて調整している。感情は理性の邪魔をするものではなく、何が自分にとって大切か、何を避けるべきかを知らせ、判断を方向づけている。
EQの基礎は、乳幼児期に身近な大人との関係の中で育ち始める。その後、友人関係、仕事、家庭生活などを通して、生涯にわたって磨かれていく。年齢を重ね、さまざまな経験を積むことで、自分の感情との付き合い方や、他者の気持ちを受け止める力が深まる場合もある。
SQ――人とともに生きる力
さらに、人間が社会の中で生きる力を考えるうえで重要になるのが、SQ、すなわち社会的知能である。SQとは、単に話が上手であるとか、人付き合いが巧みであるということではない。他者の表情、言葉、行動から、その人の意図や感情を読み取り、自分とは異なる立場を想像し、その場に応じた行動を選ぶ力である。他者と協力すること、役割や責任を引き受けること、意見の対立が生じたときに関係を調整することも含まれる。
脳科学では、こうした社会的な理解や判断に関わる脳の働きを「社会脳」と呼んでいる。社会脳は、一つの場所だけに存在するのではない。前頭前野内側部、側頭頭頂接合部、上側頭溝、扁桃体など、複数の脳領域が連携することで、他者の心を想像し、共感し、社会的な判断を行っている。
SQもまた、人との関係の中で発達する。子どもは遊びや集団生活を通して、順番を守ることや相手の立場を考えることを学ぶ。青年期には、自分とは異なる考え方に気づき、自分と社会との関係を捉え直していく。成人期以降は、仕事、家庭、地域などで多様な人と関わり、経験を重ねる中で、関係を調整する力が培われる。
私たちが日常生活で直面する問題の多くは、一人の知識や能力だけでは解決できない。家庭、学校、職場、地域社会では、考え方や価値観の異なる人々と関わらなければならない。そのとき、IQによる思考力と、EQによる感情理解を、実際の人間関係の中で生かす働きを担うのがSQである。
「生きる知能」とは何か
では、人間が生きていくために最も必要な能力は、IQ、EQ、SQのどれなのだろうか。考える力がなければ、状況を理解し、問題を解決することはできない。感情を理解する力がなければ、自分や他者の心の動きを捉えることはできない。そして、人とつながる力がなければ、それらの能力を現実の生活の中で生かすことは難しい。その意味で、SQはIQやEQに代わる能力ではない。IQによって考え、EQによって感じ取ったことを、他者との関係の中で生かす総合的な力である。
人は一人だけで生きているのではない。他者に支えられ、また他者を支えながら生きている。人間が生きていく能力とは、単に頭の中で正しい答えを導き出す力ではなく、自分と他者を理解し、関係を築き、ともに社会を生きる力なのである。
現代では、AIの知的能力が急速に高まり、人間の知能とは何かが改めて問われている。AIは膨大な情報を処理し、問いに答えることができる。しかし人間は、喜びや悲しみを経験し、人との関係に悩み、支え合う中で成長していく。
IQで考え、EQで感じ、SQによって人とつながる。三つの力を生涯にわたって育て、組み合わせながら生きること。それこそが、人間にとっての「生きる知能」ではないだろうか。
図 IQからEQ、SQへ――書籍にみる「知能」概念の広がり
