反抗の奥にあるもの――思春期の心と脳を理解する

尾崎豊の「15の夜」という曲を聴くと、私はいつも一人の学生のことを思いだす。青年期前期、すなわち思春期の心と脳について考えるとき、その学生の姿が、私の中に鮮明によみがえってくるのである。

彼は、いわゆる大検、現在でいう高等学校卒業程度認定試験を経て大学に入学してきた学生であった。中学校は卒業したものの、高校は途中で辞め、その後、自分の力で大学進学への道を切り開いてきた青年である。私の研究室に所属することになった彼は、非常にハンサムで、今の言葉でいえば「かっこいい」青年であった。女性にもよくもてたようで、周囲の学生たちの中でも自然に目を引く存在であった。しかし、単に外見が目立つというだけではなかった。話してみると、不思議な人なつこさがあり、人の懐にすっと入ってくるような魅力を持った学生でもあった。

若い教師であった頃の私は、学生たちとよくダイビングに出かけていた。むしろ、私の方が学生たちからダイビングの手ほどきを受けていたようなものである。そのような時間を重ねる中で、彼との距離も少しずつ縮まっていった。いつも気になっていたのは、彼の胸に残る大きな跡であった。あざのようにも、網の目のようにも見える跡が、胸一面に広がっていた。十分に信頼関係ができたと思えたある時、私は思い切ってそのことを尋ねてみた。

そのことを尋ねると、彼は、それが入れ墨を消した跡であることを話してくれた。中学時代から暴走族の仲間に入り、バイクでの暴走行為を繰り返していたという。警察の世話になったことも一度や二度ではなく、少年院にも入ったこともあったようである。家出をし、仲間をまとめ、親や大人の世界に激しく反発しながら生きていた時期があったのだろう。

しかし、彼の人生はそこで止まらなかった。十代後半になり、ある仕事に就いていた時、自分よりも力があるようには思えない大学卒の先輩が、自分たちを使う立場にいることに強い悔しさを覚えたという。「負けたくない」「自分も大学に挑戦してやろう」。その思いが、彼の中に芽生えたのである。また、それまで反抗していた母親の思いや苦労を、ある出来事を通して知ることもあったようである。両親に心配と迷惑をかけてきた。だからこそ、大学を出て、それなりの人間にならなければならない。彼の中に、そのような思いが生まれていったのであろう。

大学を卒業した後、彼は中学校の教員となった。当時、学校現場が荒れていた時期でもあり、彼の出身地の教育委員会の関係者は、彼のような経験を持つ人物にこそ生徒と向き合ってほしいと考えたようである。かつて大人に反発し、学校から離れていった青年が、今度は中学生の前に立つ教師になったのである。

思春期は、しばしば「反抗期」と一言で片づけられる。しかし、それだけではこの時期の本質は見えてこない。思春期には性ホルモンの働きが急激に高まり、子どもの身体から大人の身体へと大きく変化していく。それに伴って、感情は強く揺れ動きやすくなる。一方で、衝動を調整し、先を見通して行動を選ぶ前頭葉の働きは、まだ発達の途中にある。そのため、本人自身も自分の怒りや不安、危険な行動を十分に説明できないことがある。

思春期の青年は、親から離れたいと思いながら、同時に親に見捨てられたくないとも感じている。大人の管理に反発しながら、心のどこかでは認められたいと願っている。仲間の中で強く見せようとしながら、本当は自分の弱さを隠していることもある。尾崎豊の「卒業」という曲が、今なお多くの人の心に残るのは、そこに、管理されることへの息苦しさ、自分らしく生きたいという叫び、そして言葉にならない孤独が込められているからではないだろうか。

思春期の危うさを理解することは、決して問題行動を許すということではない。むしろ、その行動の奥にある心の揺れを理解しようとすることである。大人がこの時期の心と脳の特徴を知っていれば、ただ叱るだけでも、ただ突き放すだけでもない関わり方が見えてくる。荒れている姿の奥に、変わろうとする芽が隠れていることがある。思春期とは、危うさと可能性が同時に存在する時期なのである。

あの学生の姿を思い出すたびに、私はそう感じる。思春期の青年を理解するとは、今見えている姿だけで判断しないということでもある。大人の側に、そのまなざしがあるかどうか。そのことが、彼らの未来を大きく左右することがあるのではないだろうか。