高齢期において、認知機能の低下をいかに防ぐかという問いは、個人にとっても社会にとっても、静かに、しかし確かに重みを増している。その方法として、日常生活の中で無理なく取り入れられる認知トレーニングが注目されてきた。中でもよく比較されるのが、「ドリル」と「ゲーム」である。
『脳を鍛える大人の計算ドリル』は、計算問題や音読、間違い探しといった反復課題を中心とする。紙と鉛筆を手に取り、ひとつひとつの問題に向き合う時間は、どこか静かで、整ったリズムをもっている。この作業は、前頭前野を中心とした脳活動を促すと、脳科学者(川島隆太氏)はいう。音読や簡単な計算は、注意を向け続けたり、考えながら行動する力を保つのに役立ち、集中する時間そのものが、脳に一定の調子をもたらしていくようである。また、自分のペースで進められるという点でも、高齢者の日常に自然に溶け込みやすい。
一方、ゲーム形式のトレーニングは、まったく異なる表情を見せる。視覚や聴覚、反応のタイミングといった複数の要素が同時に働き、変化する画面に応じて、瞬時の判断が求められる。ある研究では、こうしたゲームが、注意を向け続ける力や、覚えながら考える力を高めることにつながると示されている。さらに、得点や達成といった仕組みは、人の内側にある「もう少し続けてみよう」という気持ちを、自然に引き出していく。
こうして見てみると、ドリルとゲームは、単に方法の違いというよりも、「脳との関わり方」の違いを映し出しているように思われる。静かに整える関わり方と、動きの中で引き出される関わり方。では、どちらが脳にとってより優れているのだろうか。
この問いに、ひとつの答えを与えることは、おそらくできない。人によって、心地よいと感じる集中のかたちは異なるからである。ある人にとっては、机に向かう時間が安心をもたらし、別の人にとっては、遊びの中にこそ自然な没入が生まれる。
むしろ大切なのは、その活動が、その人の生活の中に、無理なく根づいていくかどうかではないだろうか。どれほど効果があるとされる方法であっても、続かなければ意味を持たない。反対に、静かに続いていく習慣は、それ自体が、脳に穏やかな変化をもたらしていく。
私たちはつい、「どちらがより良いか」という問いを立ててしまう。しかし実際には、「どちらが自然に続いていくのか」という問いの方が、人の生き方に近いのかもしれない。
では、「続ける力」とは、どこから生まれてくるのだろうか。皮肉なことに、その答えを脳科学はまだ十分には語っていない。ただひとついえるのは、人は、楽しく、そしてどこか心地よいと感じるものに出会ったとき、自然とそれを繰り返すようになるということである。そのしくみについては、心理学がおしえてくれそうである。
私たちは、脳を鍛えているのだろうか。それとも、楽しさや心地よさに導かれながら、知らぬ間に変わっていくのだろうか。