キリンの赤ちゃん、やっぱり首が長いのね

 動物園で生まれたキリンの赤ちゃんは、生後わずか数分で長い脚を震わせながら立ち上がり、母親の乳を探して歩き出す。野生においては立ち上がることが、生き延びるための第一歩である。これに対し人間の赤ちゃんは、生まれても自力で立つことができず、親に抱かれ守られながら長い時間をかけて発達していく。この違いには人間という種に特有の事情が深く関係している。
 スイスの動物学者アドルフ・ポルトマン(Portmann, 1944)は、この違いを「生理的早産」という概念で説明した。彼は人間の赤ちゃんは本来であればもう少し母体内で成長した後に生まれるべき存在であるが、頭部と脳が大きくなりすぎると産道を通れなくなるため、進化の過程で早い段階で出生するようになったと述べた。すなわち人間の出生は生物学的には未成熟であり、社会的な支えのもとで発達していくように設計されている。
 動物の子どもは大きく二つのタイプに分けられる。キリンや馬のように出生直後から立ち上がる「離巣性(precocial)」の動物と、人間やカンガルーのように親の保護のもとで成長する「留巣性(altricial)」の動物である。ポルトマンは人間はその中でも特に顕著な「留巣性動物」であると述べた。人間の赤ちゃんは外界からの刺激や社会的な関わりを通じて発達するため、長い依存期間が必要となる。この依存が人間の社会性や文化の発達を可能にしている。
 生理的早産の考え方は、発達心理学の視点からも重要である。人間の脳は出生時点では十分に成熟しておらず、多くの神経回路は出生後の経験によって形成される。特に感覚運動系や社会的認知に関わる脳領域は他者との関わりや身体接触を通して急速に発達することが知られている。母親が赤ん坊を抱き目を合わせ声をかける行為は、単なる世話ではなく脳の発達を促す重要な刺激となる。
 未熟な状態で生まれることは人間にとって決して不利ではない。柔軟に環境へ適応し、他者との関係を通して学ぶ能力を備えていることの表れである。言語や感情、文化的行動など人間特有の高次機能はこの長い発達期間のなかで育まれる。「早く生まれる」ことは「ゆっくり人間になる」ための条件といえる。
 キリンの赤ちゃんは出生直後に立ち上がるが、人間の赤ちゃんは抱かれて成長する。どちらもその種にとって最適な生き方である。人間においてはこの“未完成の誕生”こそが、他者とつながりながら発達する社会的存在としての出発点である。看護や保育の現場で赤ちゃんを抱くとき、その未熟さは弱さではなく、人間として成長するための豊かな可能性であると理解したい。

参考文献

Portmann, A. (1944). A zoologist looks at humankind. New York: Columbia University Press. /  ポルトマン, A.(著), 日高敏隆(訳).(1970).『人間はどこまで動物か』講談社現代新書.

今西錦司(1968).『人間とは何か』講談社.