要約
ここでは、心と脳の病気とその回復について、生涯発達の視点から体系的に解説している。本章は看護職が心と脳の状態を理解し、適切な支援につなげる力を養うことを目的としている。
第1節「生涯発達と心の病気」では、心の病は発達段階によって現れ方が異なることが示されている。乳幼児期には行動異常や親子関係の問題、思春期にはうつやひきこもり、成人期ではストレス関連障害や空の巣症候群、高齢期では喪失体験からうつを発症する可能性が指摘される。看護支援には、それぞれの段階に応じた心理的特徴の理解が求められる。
続いて、精神疾患の診断基準としてDSM-5-TRが紹介され、うつ病、不安障害、PTSD、パーソナリティ障害などの代表的な疾患群が解説されている。診断には症状の持続期間や生活機能への影響だけでなく、文化的背景や年齢への配慮が必要とされ、個別性の高いアセスメントが重要である。
心理療法の実際では、認知行動療法(CBT)、精神力動的アプローチ、家族療法、マインドフルネス療法、トラウマインフォームドケアなど、看護実践に応用可能な支援方法が多様に紹介されている。CBTのABCモデルなどは、感情や行動の理解に役立つ視点である。看護職は直接治療を行うわけではないが、傾聴や共感的対応、初期支援の姿勢を通して、心理的回復に貢献できる。
また、心の病の背景には生理的・神経学的な要因があることが示され、HPA軸の過剰な活性化や、セロトニン・ドーパミンなどの神経伝達物質の異常、前頭前野や扁桃体の機能変化が紹介されている。こうした知識は、薬物療法や脳機能への理解にもつながり、包括的な看護を支える基盤となる。
第2節では、認知症を中心とした脳の病気について解説されている。アルツハイマー型認知症、脳血管性認知症、前頭側頭型認知症、レビー小体型認知症などの違い、中核症状と周辺症状(BPSD)の理解が重要である。特に、軽度認知障害(MCI)や高齢者うつ、せん妄との鑑別の必要性が強調されており、初期対応の質がその後のケアを左右する。
パーキンソン病や脳卒中、てんかん、多発性硬化症などの神経疾患についても、運動機能の障害だけでなく、認知や感情面の変化に注目する重要性が述べられる。看護職は、リハビリや生活支援だけでなく、QOLの視点をもって対応する姿勢が求められる。
第3節では、発達段階における心と脳の健康維持の重要性が述べられ、胎児期から老年期までの各時期に応じた支援が提案されている。とくに睡眠・運動・食事・社会的つながり・ストレス対処力などの生活習慣が、心と脳の健康にとって基礎であると強調されている。社会的つながりの維持やレジリエンス(精神的回復力)の育成も重要な視点である。
本章全体を通して、生理・心理・社会的要因を統合的に理解すること、そして看護職が個人の発達段階と背景を踏まえて支援を行うことの重要性が一貫して示されている。心と脳の回復を支えるためには、多職種連携とともに、患者の語りに耳を傾ける姿勢が何よりも大切である。