9/3,4 第14回 心と脳の障害と回復

要約

第1節では、生涯発達の各段階における心の病の現れ方とその理解が示されている。乳幼児期には愛着障害が注目され、安定した親子関係が築けない場合に情緒不安定や対人関係の困難が生じることが解説される。思春期には、アイデンティティの確立をめぐる葛藤から不安や抑うつ、自殺念慮、不登校などの症状が出やすい。青年期・成人期には進学・就職・結婚といったライフイベントが重なり、適応障害やストレス関連障害が顕著となる。中年期では「空の巣症候群」など喪失体験がうつ病発症の背景となり、性差による反応の違いも報告されている。高齢期には配偶者の死や身体機能の衰えがリスク要因となり、孤立がうつを助長する。


これらの発達段階ごとの特性を理解することは、看護における個別的支援の基盤である。さらにDSM-5-TRに基づく精神疾患の分類が解説され、抑うつ障害、不安障害、PTSD、パーソナリティ障害の症状像と看護上の留意点が示される。心理療法としては認知行動療法(CBT)が詳述され、患者の認知と行動の悪循環を修正する実践例が紹介される。加えて精神力動的アプローチ、家族療法、マインドフルネス認知療法、トラウマインフォームドケア(TIC)が取り上げられ、看護師が心理療法の直接実施は少ないものの、傾聴や信頼関係の構築を通じて心理的回復に寄与できることが強調される。

また、心の病の背景にある神経基盤として、HPA軸の慢性活性化、神経伝達物質(セロトニン・ドーパミン)異常、前頭前野の低下、扁桃体過活動、海馬の萎縮などが紹介され、心理的支援と生理学的理解の統合が重要であると結論づけられる。

第2節では、加齢や発達に伴う脳疾患について幅広く解説される。まず認知症の主要タイプとしてアルツハイマー型、脳血管性、前頭側頭型、レビー小体型が挙げられ、中核症状(記憶障害、見当識障害、判断力低下など)と周辺症状(妄想、徘徊、不眠など)が区別される。

軽度認知障害(MCI)は認知症の前段階として注目され、生活習慣改善や社会活動継続による予防の可能性が指摘される。さらに、うつ病やせん妄は認知症と誤診されやすく、看護職は鑑別に留意する必要がある。次にパーキンソン病、脳卒中、てんかん、多発性硬化症、頭部外傷といった神経疾患が取り上げられ、運動機能障害だけでなく、抑うつ、幻覚、認知機能低下などの非運動症状が患者の生活に影響することが解説される。

また神経発達症としてASD、ADHD、知的発達症、学習障害、DCD、トゥレット症候群が紹介され、その特徴と脳機能異常との関連が説明される。特にASDの社会的コミュニケーションの困難やADHDの不注意・多動性は、脳画像研究で前頭前野や線条体の機能低下と関連していることが報告されている。

最後に、診断技法としてMRI、fMRI、CT、SPECT、PETといった画像診断の役割が述べられ、アルツハイマー病における海馬萎縮の検出やてんかん・パーキンソン病における血流異常評価の意義が示される。加えて、HDS-RやFABなどの神経心理学的検査を併用することで診断の精度が向上することが強調されている。

第3節では、胎児期から老年期に至る心と脳の健康の維持について体系的に論じられている。胎児期には母体の栄養状態やストレスが胎児脳のHPA軸形成に影響を与えることが指摘される。

乳児期には安定した愛着関係が心身の発達に不可欠であり、幼児期から学童期には遊びや集団活動を通じて実行機能と社会性が育まれる。思春期から成人期は前頭前野と扁桃体の未成熟により情緒が不安定で、受験や人間関係などのストレスにより精神疾患が発症しやすい。青年は進学・就職・恋愛といったライフイベントを通じて自己肯定感や自立を確立するが、失敗や孤独はメンタル不調のリスクとなる。中年期はエリクソンの世代継承性の課題が重要であり、社会的役割を通じて自己効力感を維持することが強調される。高齢期は時間の有限性を意識し、Carstensenの社会性情動的選択理論に基づき感情的充足を優先する傾向が見られる。その結果、親密な関係の維持や現在の安心感が幸福感に直結する。

さらに、睡眠の質、適度な運動、栄養バランス、社会的つながり、レジリエンスといった生活習慣が心と脳の健康維持の基盤である。看護職は、生活習慣や心理社会的背景を丁寧に観察し、個別に支援することで利用者の心と脳の健康を支える役割を担うことが示されている。