要約
発達障害とは、脳の発達に関わる機能の違いに基づいて、行動や認知に特性が表れる状態である。2005年の発達障害者支援法の施行を機に、国内でも行政的に「発達障害」という用語が広まったが、診断にはDSM-5-TRなど国際的な医学基準が用いられる。自閉スペクトラム症(ASD)、注意欠如・多動症(ADHD)、限局性学習症(SLD)は代表的な神経発達症であり、それぞれ対人関係、注意力、学習能力などに困難を示す。発症は早期であり、成人期まで持続する例も多い。
これらの特性は一様ではなく、個人差や重複(併存)も多く、看護職は診断名のみに頼らず、個々の困りごとや支援ニーズに着目する視点が求められる。また、診断の有無にかかわらず、感覚過敏や行動の変化に柔軟に対応する「合理的配慮」も重要である。たとえば視覚的スケジュールの活用や環境調整などが、本人の安心と安定につながる。
発達障害の理解には、脳の構造や機能に注目した神経科学的な視点も不可欠である。ADHDでは前頭前野と線条体の連携に課題があり、ASDでは扁桃体や島皮質などの社会的情報処理に関わる領域の活動が低下している。SLDでは、言語処理に関わる左側頭葉や角回の活動が低いことが示されている。脳画像研究によって、行動の背景にある神経基盤が可視化されつつあり、それに基づいた支援が可能になっている。
近年では「神経多様性(neurodiversity)」という考え方が注目されており、脳の働き方の違いを個性として尊重する視点が支援の基本となりつつある。感覚の敏感さや行動の独特さを「問題」と見るのではなく、「脳の特性」として理解することで、共感的かつ実効的な支援が可能になる。
さらに、成人期に発達障害と診断される事例も増えている。その背景には、ASDに特有の「カモフラージュ(camouflaging)」行動があり、自身の特性を隠して適応しようとする努力が精神的負荷となる。診断は自己理解の契機になる一方で、レッテル化のリスクもあるため、看護職には当事者の語りに耳を傾ける姿勢が求められる。
ADHDとASDの区別は看護現場で重要である。ADHDは注意の散漫や衝動性、ASDは対人関係の困難やこだわり行動が中心であり、行動の背景にある脳機能の特性を理解することで、適切な支援が可能となる。ADHDにはスケジュール管理や視覚的補助、ASDには明確な言語表現や環境の予測可能性の確保が有効である。看護職は、行動だけでなくその背景にある神経の仕組みに目を向け、本人の強みを生かした支援を構築することが求められる。