7/16,17 第11回 老年期の心と脳の発達の特徴①(認知機能の変化)

要約

高齢期には、注意力や記憶力、思考のスピードといった認知機能が自然に変化していく。特に持続的注意・選択的注意・分割注意のいずれも年齢とともに低下し、複数の刺激への同時対応が難しくなる。記憶については、体験の記憶であるエピソード記憶は加齢により大きく低下する一方、語彙や知識などの意味記憶は比較的保たれる。さらに、情報を一時的に記憶し操作するワーキングメモリも加齢とともに容量が減少し、複雑な指示を理解しにくくなる傾向がある。また、情報処理速度も緩やかに低下するため、高齢者には十分な反応時間の確保が重要となる。これらの認知変化を理解し、支援において適切な環境調整やコミュニケーションの工夫を行うことが、尊厳ある看護ケアにつながる。

感情面においては、高齢者は加齢に伴い、ネガティブな感情が減少し、感情がより安定する傾向がある。これは性格の変化ではなく、扁桃体や前頭前野など脳機能の変化や神経伝達物質の減少が関与している。また、ポジティブな感情記憶を優先する「感情記憶の選択性」もみられ、感情と記憶の関連性が注目されている。さらに、高齢者は長年の経験によりストレス耐性が高まり、共感力や対人関係における感情調整力も向上するが、脳機能の変化により共感的理解が難しくなる側面もある。看護においては、高齢者の感情表現の背景にある神経的・心理的特徴を理解し、非言語的サインを丁寧に読み取る姿勢が求められる。感情的交流を大切にしたケアは、高齢者のQOL向上に大きく寄与する。

社会性の面では、高齢期には限られた時間を意識することで、感情的に満たされる人間関係を優先する傾向が強まる。これは「ソシオエモーショナル・セレクティビティ理論(社会情動的選択性理論)注1」により説明され、意味ある関係の選択が感情の安定に寄与する。一方、社会的孤立や孤独感は心身の健康に悪影響を及ぼし、うつや認知症のリスクを高める。ここで重要なのは、孤独と孤独感は異なるという点である。孤独は物理的に一人である状態を指すのに対し、孤独感は主観的な感情体験であり、周囲に人がいても感じ得る。社会的交流は脳の前頭前野や海馬を活性化させ、特に世代間交流は心理的充足と認知機能維持に有効である。看護者は、高齢者の非言語的サインを丁寧に読み取り、共感的に関わることが求められる。社会的つながりの支援は、尊厳ある老いと生活の質向上に直結する重要な看護実践である。

注1)人は人生の残り時間を意識するようになると、知識獲得よりも感情的な満足を重視するようになるという考え方